【ピープル】伊勢崎市内外の各分野で活躍する、市民を紹介します。各種団体のトップに、業界の現状と今後を聞き、まちづくりに取り組む市民も取り上げます。情報はinfo@press-isesaki.com
 子どもの居場所づくりや貧困対策として、子どもたちに無料か低額で食事を提供する「子ども食堂」。関係団体の直近調査(速報値)では、全国に9131か所と増加している。とはいえ運営形態はさまざま。店舗を確保し、子供には無料で毎日(平日、昼のみ)食事を提供している運営団体は少ない。広瀬小学校の西側、平屋建てでオレンジ色の下地に白抜きされた看板が際立つ店舗「子ども食堂 てんとうむし」は、そのひとつだ。

 2年前に開設したこの食堂は、子どもの居場所確保や孤食とフードロス削減のコミュニティの色合いが強いが、来店が困難だったり経済的困窮家庭の子供には個別に対応している。もともと大学時代からフードロスには強い関心を持っていた。やるべきことが明確になったのは、母親として2人の子育てに苦労したことが大きい。この2つが融合した。二男が小学校に入学し、少し手がかからなくなったのがタイミングとなった。この間、前橋の友人の子ども食堂を手伝ったことも決断を促した。

 「子育てに余裕がなく、自分の子はなかなか誉められなかった。向き合ってしっかり話を聞くことも少なかった」。その反省から来店する子どもたちへは、まず褒めることから始める。その上で気がついたことは注意し、必要に応じて叱る。特に挨拶は親よりもうるさく、時には喧嘩もする。だからこそ「信頼関係が築ける」と言葉に力がこもる。ただ、こうした人間関係が定着したのはここ1年のこと。「それまでは毎日が必至で、一番大変だった」と苦労を滲ませる。

 傷や不揃いで廃棄する野菜などは農家から。廃棄する前の食品や日用品は企業、贈答品や消費しきれない食品、日用品は一般家庭からの寄付で賄っている。これまでに築いた人脈に加えて、毎日の新たな出会いの中で、お手伝いなども含めて志に共感した協力者は増え続けている。留守をしている店の玄関前に、知らない人からの野菜が届けられたりもする。インスタグラムでは日々提供される寄付を報告し、感謝を伝えている。大人1食800円のランチ収入も運営を支えている。

 境、東、赤堀地区に、同様の子ども食堂開設が次の目標。「朝から夜の7時8時まで開きたい」の思いも強い。資金、人材も課題となるが「食堂で私の不在を知ると、寄ってこなくなる子どもが」と、直面する悩みも吐露する。取材は某日の午後2時から3時までの約1時間。この間に数人の子供たちが入れ代わり立ち代わり店を訪ずれ、店内で談笑していく。ハンドルとホイールを入れ替えた自転車を見てもらおうと駆け付けた子もいた。

 大学時代は飲食店や学習塾、吹奏楽指導とアルバイトを掛け持ち。当時のホリエモン(堀江貴文さん)に刺激を受けて始めた株式投資で毎日、日経新聞を読み込んだ。後の起業や子ども食堂の活動に繋がった。現在は月に一度、前橋へ写経に通い、心を整えている。子どもの送り迎えで一緒に通い始めたボクシング。釣りのため1級小型船舶操縦免許取得は2年前。大型二輪免許取得が2か月前。旺盛な行動力が人との出会いの連鎖を生み、子ども食堂の支援の輪を広げている。(廣瀬昭夫)
 「枠組みを崩して新たな挑戦を」と会長としての意気込みを語る。その一例が2回目の「WARK WARK☆フェス2023」(11月17日〜18日開催/アイオーしんきん伊勢崎アリーナと周辺施設会場)。市内商工・農業者、飲食店が企業PRや製品紹介の他、グルメエリア、特設ステージでは歌謡ショーなども開く。初の試みとなるJA主催の農業祭り、物販、試食・飲食、eスポーツ大会など盛りたくさんの企画で”体験型”をアピールする。

 もともと群れることが好きではなかったが「尊敬する同業の先輩の誘い」を機に入会。数年後には親団体の日本商工会議所青年部のビジネス対応・広報・ビジョン・企画委員として断続的に4年間出向し、全国各地を訪れた。この間、地元青年部でも多くの先輩にかわいがられ、出向先でも全国の青年経営者との交流で多くの刺激を受けた。「人との繋がりが財産」と言わしめ、「その恩返しに」と青年部活動の現在の拠り所を淡々と語る。

 ここ数年の青年部の精力的な活動で誘致した、2025年2月開催の青年部全国大会。20年の企画委員出向時の地ならしから関わり、当該年度の開催大会実行委員長(予定)の重責も担うことになっている。本人の自覚はなかったが、出向を推してもらった先輩に「その心ずもりだった」と後から聞かされる。誘致のためのプレゼンテーションでアピールした「オール群馬」体制。今年度は伊勢崎青年部会長として、県内の他青年部との調整に腐心している。

 全国大会開催に向けて、膨大で前例のない会員情報の全国発信にも工夫を凝らす。伊勢崎の情報ポータルサイト「アイマップ」連載中のインタビュー記事「経営者の輪」。青年部OBで運営していることもあり、同枠で全国大会までに会員238人(10月27日現在)全員掲載の企画を提案した。目下、次々と入会する新会員も含めた、未掲載会員の取材と掲載を同編集部で急いでいる。

 17年に青年部会員仲間と共同で始めた不動産投資会社「上州家守舎」(本社:連取町)は、リノベーション建物をシェアオフィスなどとして再活用している。ドローンの離発着や操縦訓練、ライセンス取得スクールとして20年に開設したのが「群馬ドローンステーション」(本社:大手町)。いずれも全国青年部出向時の人脈と刺激を事業化に繋げた。一方、「ぐんぱつ管理」本業の賃貸管理や物件仲介では「地元に根付いた」地道な経営を標榜する。

 市主催のまちなかシンポジュウムにパネラーとして参加するなど仕事柄、街づくりにも一家言持っている。行政には「挑戦する姿勢が欲しい」と注文する。とりたてて熱く語るわけでもなく「のらりくらり」的な雰囲気が妙になじみ、説得力を持つ。コロナ前には子供(中2、小5の男子)との美術館巡りが楽しみのひとつだった。同様の子供時代を送った「母の影響」と回想する。気になる美術館の企画展は関東一円なら躊躇なく足を運ぶ。(廣瀬昭夫)
 より良い地域社会づくりのために、ボランティア活動や社会的課題に取り組む青年会議所(JC)。会員は会社経営者やその後継者が多い中、「神職は珍しいのでは」と質問。「県内には前橋と沼田にも会員神主がいます」とさらりと返し、とりたてて特別のこととは考えていない。「神社には地域で人と人を繋ぐ使命があり、JC活動がおおいに役に立っている」と活動の共通性を指摘する。

 演劇に興味を抱いていた高校2年生の2003年、JCの卒業生だった父にも勧められて参加した伊勢崎JCの40周年記念ミュージカル「パーフェクト・ファミリー!?」。本番までの3か月間、人と地域の凝縮された熱い思いに満たされた。26歳の入会前から活動の何らたるかに触れ、「修練」「奉仕」「友情」のJC3信条が、他のどの会員よりも自らに浸み込んでいると自負している。

 今年度取り組む事業の基本理念は「リーダーシップを発揮し、自ら考え行動できる魅力ある人材の育成」だ。不確実な未来を、雄々しく生き抜く力を育む。9月9日開催の創立60周年記念講演会「10年後、君に仕事はあるのか/未来を拓く『情報編集人』の育て方、磨き方」(藤原和博「朝礼だけの学校」校長)はその中心事業。子供たちの肯定感を高めようと4月に実施した、子供たちの絵をラッピングした市コミュニティバス運行もその一環だ。

 2015年に担当した青少年育成事業。市内中学生が市議会議員役で、まちの課題に取り組んだ。「大きくなったらJC入に会し、まちの発展の役に立ちたい」と、一人の中学生が顔をほころばせながら語った笑顔が忘れられない。巡り合った60周年の節目については「これまでの地域活動の積み重ね、その信頼の上に、我々の現在の恵まれた環境がある」と諸先輩に感謝する。

 ちょっとした工夫、アイデアや事業手法で地域の活性化を試みている。伊勢崎銘仙を内外に発信しようと話題を集めた,用紙に銘仙柄を採用した御朱印。JC仲間に教えてもらったクラウドファンディングを活用した。銘仙生地を使ったお守り袋は、同じ柄でも異なった裁断箇所による"自分だけのお守り"が売り。昨夏に頒布を始めた神玉は、県内七社を巡って集める「上州神社巡拝」とフィールドを広げている。

 神職はオンとオフをつけにくいこともあり常に忙しい。JC理事長と同時期に「求められることは幸せ。こちらも全力で取り組む」と、群馬県の神職青年会会長も引き受けている。気が抜けない日々の中で、ホッとできるのが子供たちと遊ぶ時間。二人の子どもには「一人の人間として敬意をもって接し、一緒にいる時は全力で向き合う」。ゲームで遊ぶ時も決して手を抜かず、わざと負けることは一切ない。(廣瀬昭夫)
 キングレコードから5年前にCDデビューした。介護の仕事の傍ら、歌手活動を続けている。学生時代、結婚後もしばらくは、そうした環境とは無縁の生活だった。アカペラのコーラスグループにほんの少し在籍したことはあるが、子育てやパート勤務の忙しさにかまけ、ほどなく足が遠のいていた。50歳を過ぎてから、突き動かされるようにこの道に入った。

 友人に刺激を受けて2016年、初めて出場した群馬テレビ放映の第30回群馬県歌謡大賞。2回の予選にブロックごとに勝ち上がり決勝に残ったが、賞に絡むことはなかった。「大会出場や賞の獲得が目的ではなかったが、無性に悔しかった」。「自分の良いところを引き出してくれる、しっかりした指導を受けてさえいれば」と、この時初めて師とのめぐり逢いを求めた。

 それがきっかけで出会ったのが、作曲家でピアニスト、歌唱指導もしている、さかたひとしさんだ。さかたさんの作詞作曲によるCDデビューは、指導1年後に訪れた。最初は猛反対する両親や夫への説得に追われた。制作費などの不足分は自身の借金でメドをつけた。「一生の夢が叶った、もう次はない」と思い込んでいた矢先の6月30日、2枚目CDをリリースする。協力者だった夫は他界し、今回は一人娘にも直前まで打ち明けなかった。

 その楽曲のひとつが、バスの車窓や車内から乗降客を見つめ、物思いにふけり「降りる先にはみんなが待っている」と締めくくる『バスを降りるまで』(作詞・作曲さかたひとし)。「一区切りの終点の先に新たな人生が見えてくるような、そんな心境」に自身を重ねた。さかたさんが数年前に誰のためでもなく作った曲だったが、「これは私の歌だ。私が歌いたい」と、後先考えずに頼み込んでいた。

 伊勢崎市境町の赤レンガ倉庫や中澤カフェ(同)などで「地道にコツコツ」歌手活動を続けている。「ストレス発散」は仕事帰りの一人カラオケ。「時の流れに身を任せ」など、テレサ・テンの曲が気に入っている。目標とする歌手は「考えたこともない」が、強いて挙げれば「美空ひばりさんかな」と、首を竦めて遠慮がちに答えた。(廣瀬昭夫)
 コロナ禍で日常が戻り始める中、行政区や各団体の式典やイベントに議長として招かれた。「『開催していただき、ありがとうございます』。冒頭にこうした感謝の言葉を述べる機会が多かった」と議長一年を振り返る。市議会代表挨拶を重ねる中「それぞれに地域の色が出ている」と改めて気づかされた。加えて地域ごとの産業祭などでは、香しい食べ物の匂いの違いを再認識。挨拶ではそれらの地域の特色に触れ、会場を盛り上げた。

 市議会と議員の活動原則、市議会の機能強化などを明文化した市議会最高規範となる「伊勢崎市議会基本条例」(全9章27条)が昨年5月に施行された。運用開始から1年を迎えるが、制定にあたっては伊勢崎クラブ内で若手中心メンバーとして意見を交わし、その調整、集約に関わった。制定後は「やっと終わった」という達成感とともに、様々な考え方や意見のぶつかりあいは「楽しかった」と思い起こす。

 条例前文には臂泰雄市長も政策に掲げる「共生社会の推進」を盛り込み、「議論を尽くす・市民に開かれた・専門性のある議会」など目指して「チーム議会」で取り組むことを表明している。とはいえ「細部はまだ詰めきれていない部分もある」として「条例検証及び見直し」条項を設けた。今後運用を図る中で、条例理念の整合性を図りながら毎年見直していく。近くその会合を始めるという。

 市町村合併後の伊勢崎市議会初代議長(2015年)が叔父の新藤晄旦氏。「他の立候補者の選挙も手伝うなど身近に政治に触れる機会や市政に素朴な疑問を感じた」ことが立候補のきっかけだった。4期目のベテランとなった今では、決算特別委員長を務めたこともあり、予算案・決算は「安全安心、災害、医療、福祉、教育など、関心や気がかりなことは1円たりとも疎かにしない」姿勢で事業や数字をチェックしている。

 保育士として9年間、保育園に勤務していた。朝から夜8時近くまで常に子供と一緒だった。「座って靴下を履いていた子が、立って履けるようになるのは、その時しかわからない。そうした成長を見ている楽しさ、それを親に伝えて喜ぶ姿を見ることもうれしかった」。議員活動の傍ら時間が空くと、今でも副代表を務めている2か所の児童クラブに足を運び、子供たちの相手をする。多忙な時間の中、自分自身を癒す時間にもなっている。
 
 伊勢崎の地域経済を支えているのは、農商工業のバランスの取れた産業構造といわれている。その中でも製造業と建設業のウエートが高く「この2本柱がしっかりしていれば」と基幹産業の重要性を説く。コロナで疲弊した飲食店と関連大型施設を憂慮し、さまざまな業界の影響にもふれた。空き家、農地と開発、駅周辺整備など、地域の経済状況についても、金融マンとして培った的確な見通しを語る。「企業を育て、地域を伸ばす」商工会議所として、国や地方行政との連携強化の必要性も改めて訴えた。
 
 「会議所対象事業所が5345社に対して入会は2125社。加入率は39・8%」。決して満足はしていない、現状の数字がすんなり口をついて出る。「43人は寂しい」と女性部会は対象を広げて加入を促す。全体として会員増強は「『一人ぐらいは何とか』と思えるように会員の意識を高めたい」。期待をかけているのは会員数238人で、県内最大規模を誇る青年部だ。「紹介者は委員会でも一緒に活動し、面倒みながら新会員の居場所をつくって欲しい」と注文する。
 
 建設地をどこにするかで長年の懸案となっている、老朽化した未耐震の会議所会館建て替え事業。市が取り組む、伊勢崎織物協同組合の所有地を活用した「中心街にぎわい創出拠点の検討委員会」などの動向も視野に「会員、行政や関係者など周囲の声に耳を傾け、地域の活性化にも貢献する事業に」と慎重に語る。現地建て替え案も選択肢のひとつだが、いずれにしても現会館は解体する方向。解体費の確認は急ぎたいという。

 金融業界は取引のオンライン化、デジタルサービス移行が進んでいるが、あかぎ信組の大手行にない強みとして「地元から離れない」地域密着、対面営業を強調する。経営者の高齢化・後継者難の「事業継続」に、大手と提携してM&A(企業買収・合併)を模索、提案している。組合員組織の異業種交流会「あかぎクラブ」内の若手組織「健山会」(会員680人)は創設時から関わり、会議所青年部と同様に大きな期待をかけている。

 農家の長男で農業高校に進学したが、地域は区画整理事業などで農業政策の転換時期に重なった。健康管理も兼ねて休日は、560平方mの畑で時にはトラクターも駆り、数種類の野菜作りを楽しんでいる。中学・高校時代は野球部に所属。硬式から軟式に戻った社会人で肩を痛めてグランドから足が遠ざかった。中・高時代の投打の定位置の質問に「ピッチャーで4番」に続けて、さりげなく「キャプテン」を加えた。(廣瀬昭夫)
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