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第2回いせさきまちなか文化祭〜集まれ!!レトロパッケージ〜
開催日時:10月15日(土)〜11月13日(日)/1日限定イベントもあり
会場:曲輪町・大手町・本町・緑町・三光町エリア
伊勢崎まちなか文化祭実行委員会主催/事務局0270−25−0082(相川考古館内)
開山1150年の華蔵寺で住職講話/華蔵寺公園内の石碑巡り
ぐんま郷土を愛する会伊勢崎支部が企画・開催(22年9月27日)
38年ぶりの書き下ろし!林真理子著の「奇跡」が再ランクイン
伊勢崎市図書館の各種予約ランキング(22年9月15日調査)
ナポリピザのテイクアウト専門店 ポン太くんちのピザ屋
伊勢崎市内の8月飲食店営業許可(22年9月7日)
「地域文化や郷学が支えた」住みやすい伊勢崎の今
4月から2人副市長体制【2】 藤原通孝副市長(22年9月1日)
 伊勢崎市の副市長に4月、元総務省自治行政局公務員部福利課長で北九州市副市長も務めた藤原通孝氏が就任した。下城賢治副市長(昨年4月就任)との2人副市長体制は、2005年の市町村合併以来17年ぶり。昨年1月に就任した臂泰雄市長の肝いりの政策のひとつで、その思いを受けた両氏にインタビューした。第2回目は藤原副市長。

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 赴任してきたばかりでまだ地理もよくわからないまま、ふらりと訪れた三光町の相川考古館。丁寧な説明を受けた様々な展示物の中で、印象に残ったひとつが、国指定重要文化財の埴輪「盛装男子」だった。最近訪れた国立博物館に展示している、同じ古墳から出土した「盛装女子」を思い起こし「いつかどこかで、ご一緒になられるといいですね」と、この話題をロマンチックにまとめた。

 上植木本町の八角形倉庫で注目を集めた「上野国佐位郡正倉跡」(三軒屋遺跡)、近代産業の一角を担った伊勢崎銘仙などの織物産業にもふれ、「地域文化や(藩主が領内に設けた)寺子屋よりも高度な郷学が支えた」と指摘する。「当時は水戸藩ですら14校しかなかった。その中で伊勢崎藩内には25校もあった」と淀みなく数字を並べ、向学心に燃えた藩内の人々の存在を挙げた。

 伊勢崎市の第一印象は「住みやすく、農商工業のバランスがとれた街。それが市政全般にも現れている」。バランスの良さの中にもそれぞれに課題を抱えており、「ここに至る成熟安定期は、時にはある程度のリスクを取ってチャレンジも」と、その必要性を説く。「実際にそうした動きは出てきており、私の仕事は、それらを引っ張ったり、押したりサポートすること」と役割を明確にする。

 まだ全体像が見えず、目につくのは住宅解体跡などの空き地が散見するJR・東武伊勢崎駅南口に広がる駅前再開発・区画整理事業。他自治体にはない風景だが「施行過程の空き地は逆に可能性としてのチャンスと捉えたい」と前向きに語る。外国人の多い地域特性にもふれ、子供たちの家庭での母国語と学校・社会での熱心な日本語学習を評価。静岡県に教育次長として4年間赴任し、「人の一生に大きな影響を与える教育という仕事の奥深さを知った」と振り返る。

 学生時代から毎年、終戦記念日には東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝している。慰霊とともに胸に刻むのは「戦争を避けるために、自分には何ができるのか」。17年前から始めたブログにも認め、月1回のペースで、その他その時々の思いを綴っている。さまざまな赴任地では「歩くことで周囲が見えてくる」と県内でも前橋・桐生・高崎までを徒歩で散策(帰路は電車)。次は館林の片道33キロに挑む。(2022年9月1日 廣瀬昭夫)

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過去の伊勢崎市副市長インタビュー   吉田文雄氏   村井健三氏
伊勢崎市中心街に14年ぶり11階建て50戸の分譲マンション
「デュオヒルズ」シリーズのフージャース社が群馬初進出(22年8月27日)
伊勢崎藩主の秀でた被災対応記録を展示「相川考古館」
浅間山大噴火240年を語り継ぐ連携企画展(22年8月15日)
郷土愛にあふれた連作随想「伊勢崎は遠くなりにけり」
同人誌「伊勢崎文学」代表 森村俊之助さん(2022年5月30日)
 同人誌「伊勢崎文学」(年1回発行)では表紙絵も任されている。最新号のタイトル「踊り明かそう」(2022年第42号)では、月下で華麗にワルツを踊る女性たちをシャガールの抽象画風に描いている。数年前までは木造のJR伊勢崎駅舎、レンガ塀、銭湯など、伊勢崎市内の消えゆく建物が続いた。気さくさと絵心を見込まれ、同人誌に係わるようになったのは、2001年の第21号から。ほどなく会員として随想などの投稿も始まり、次第に「のめり込んでいった」と控えめに語る。

 最新号の小説「加代さんとゆきさん」は戦前が舞台。師走を控えた気もそぞろなある日。久しぶりの顔見せに姉を訪ねた妹。交わす、こてこての上州弁(118項目の標準語言い換え注釈付)で、当時の暮らしぶりや世相をほのぼのと活写した。前号の「バックホーム」は終戦直後の甲子園出場をかけた高校野球が舞台。逆転負けを喫した捕手の痛恨の落球を、還暦を迎えた主人公がほろ苦く思い起こす。スリリングな試合描写には、思わず惹き込まれる。

 「文学は素人で他に適任者はいたが、最年長ということでお鉢が回ってきた」同代表。投稿作品の批評会では先輩、後輩関係なく「喧嘩するくらい」の激論を交わすこともしばしば。当初は飲み会も兼ねての批評会だったので、時には荒れることも。代表となって提案したのは、批評会と飲み会(食事会)の分離開催だ。行政組織で培った「互いに尊重しあい、和をもって」の信条をここでも活かしている。

 まだ終戦の混乱が続く1951年に伊勢崎市役所に入った。研修と称して、いきなり滞納者の差し押さえの赤紙張りに駆り出された。高校卒業の同期とは、数か月遅れの臨時採用からのスタートだった。その後はバランスのとれた行政手腕で主要ポストを歴任。高校の美術部以後も絵画研究会などに所属し、絵筆を握り続けてきたことで重宝がられた。市主催のイベントポスター制作など、律儀に勤務時間外で対応した。

 「本にまとめたら」と奨められ、自身も気にいっている初期の連作随想「伊勢崎は遠くになりにけり」。失われてしまった郷土の街並みや人情、だるま市などの風物に郷愁を込めた。連作の続きともいえるのが、拳銃発砲事件から紐といた前号の「伊勢崎の本町通り」、最新号で自宅もその対象になっている「長すぎた駅前区画整理」。行政に忖度しない、元行政マンの地元に注ぐ視線は、人一倍、郷土愛にあふれている。(2022年5月30日)

同人誌「伊勢崎文学」代表 中澤響二さん
10月から始まる伊勢崎市の11施設ネーミングライツ
「鈴木惣太郎記念球場」の愛称に想う(2022年6月27日)