【取材メモ】ストレートなニュース記事ではなく、多少の主観を交えた記事・雑文として活字化した”トピックス”です。掲載形式上、写真(イメージ含む)も併載します。ご意見はinfo@press-isesaki.com
伊勢崎まちなか文化祭「レトロゲーム体験会」(三光町のヤマトホール、写真は同社提供)

「伊勢崎まちなか文化祭」商店訪問を知る市長ブログ
行事後押し写真掲載も 市民活動きめ細かく支援(2022年11月21日コラム)

 伊勢崎の中心街36商店それぞれの歴史を語る"逸品"展示で来店者を楽しませた「伊勢崎まちなか文化祭」(10月15日〜11月13日開催)。「倉庫が焼けてしまって、古い物は・・」と葬祭業のヤマト、大和祥晃社長が展示したのが、コレクションの国内初の家庭用ゲーム機「テレビテニス」。10月29日のレトロゲーム機体験では、顧問をしている「レトロコンシューマー愛好会」にツィッターで呼びかけ、県外の会員やマニアも集まり賑わった。

 古いゲーム機は異色だが、他に古い商売道具や看板、書、証書類、チラシや看板、写真などが各店に並んだ同文化祭。主催者の企画意図を聞かされても最初は「こんなモノが」と、店主たちは半信半疑だったはず。それらを根気よく引っ張り出した主催者の思いが少しずつ浸透していった2回目の今年。後押ししたひとつが、臂泰雄市長のコマメな各店訪問だ。感激で「実はこんなものもあるよ」と、後から主催者に連絡してきた店主もいたという。

 訪問の様子を知ることが出来たのは、臂市長の「毎日ブログ」。30歳から就寝時に日記を書き始め、その延長で始めたブログは、県議時代の2011年12月11日から綴っている(途中で中断1年あり)。「市民の皆様に市政全般に興味を持ってもらうため」と、庁内各課の打ち合わせに始まり、庁外行政関係者や各種団体の来訪、市内外の式典やイベント訪問をきめ細かく活字にしている。

 より親しみを感じるのは、7月31日から始めた写真掲載。多い時には点数が二桁に及ぶ。各種イベントが目白押しの秋の休日は、訪問先の多さと写真点数で圧倒される。同時に報告しているのが「コロナ対応のため」自身で毎日確認している、伊勢崎市の3回までの各ワクチン接種率。「今日は」で始まり、(Wikipediaより抜粋)で終わるカレンダーネタは、臂市長が日々どんなことに関心を寄せているかなど知るうえで興味深い。

 市ホームページの「市長日記」にも、公務を適宜紹介しているが、「毎日ブログ」は政治家としての活動の一環のため、執筆は帰宅後。夜の会合を予定している場合は、その前に済ませておくという。執筆には「1時間程かかり、負担はあるが毎日の習慣にしているので」と、土日も綴っている。公務日でも休むことはあるが、ワクチン接種率のみを記した10月3日、午後8時47分更新のひと言には、思わず和んでしまった。「空腹によりブログの更新は明日に」。(2022年11月21日) 臂泰雄伊勢崎市長ブログ
【写真】伊勢崎市野球場(左)と近くに設置された鈴木惣太郎記念像

10月から始まる伊勢崎市の11施設ネーミングライツ
「鈴木惣太郎記念球場」の愛称に想う(2022年6月27コラム)

 文化施設やスポーツ・公園施設などの名前に企業名や社名ブランドをつけるネーミングライツ。自治体の施設維持負担を軽減し、企業のイメージアップを促すメリットがあり、多くの自治体で実施されている。準備を進めていた伊勢崎市も6月末には11施設の応募を締め切り、10月に契約開始となる。昨年1月に就任した臂市長は「公共施設に一民間企業名を冠することには抵抗があったのでは」と、後手に回っていた背景に触れていた。

 市の契約希望額は、華蔵寺公園遊園地と市文化会館が年額300万円以上。市庭球場と市あずまスタジアムは同50万円以上で、他は100?200万円以上に設定している。市民としては、どんな企業がどんな愛称で応募してくるのか。応募金額も含めて興味は尽きない。期待が上回り、市施設名に愛称が加わることに、それほど抵抗はないように見える。ただ慣れ親しんだ「華蔵寺公園」の対外イメージは薄まる。一抹の寂しさを覚える市民も少なくないだろう。

 もう一つ気になるのが、伊勢崎市出身で日本プロ野球創世の功労者、日本野球連盟の副会長を務めた「鈴木惣太郎記念球場」の愛称を持つ市野球場(市契約希望額100万円以上)だ。募集要項では新愛称と並行してその使用継続を条件にしている。球場玄関前の看板表示から、放送での愛称の呼称、ポスター・パンフレットの表記など、細部は契約企業と詰めることになる。両方で印象が散漫になることを懸念する。

 ここから先は妄想である。市の意向を忖度した応募企業が、自社をアピールする新愛称を放棄し、「鈴木惣太郎記念球場」の愛称を掲げる”太っ腹”企業が現れないものだろうか。変則的な契約条件もあり、もし未契約に終わったら、市が代わって愛称命名権を行使。他施設と横並びのネーミングライツ事業として完遂するこができないものだろうか。市の施設愛称事業がスタートする今年、鈴木惣太郎は没後40年を迎える。
【写真】2018年に廃刊した「いせさき新聞」(写真右下が最終号)

希薄だった活字文化支える市民性と企業風土
伊勢崎の地域新聞発行事情(2022年5月25日コラム)

 「いせさき新聞」は、群馬県伊勢崎市内と隣接する玉村町内の読売新聞に折り込まれた週刊フリーペーパー(無料紙)。ブランケット版(一般新聞サイズ)4頁の発行で、1997年10月3日に創刊した。2012年から隔週刊となり、2018年8月17日で廃刊。21年間の発行だった。

 創刊前、同様のフリーペーパーが群馬県桐生市の「日刊きりゅう」、太田市で「太田タイムス」などが発行されていた。それぞれ桐生出身者が経営し、「いせさき新聞」も同様だった。活字文化に親しみ、それを支えようという気概と風土が残る桐生市。夕刊購読紙「桐生タイムス」(フリーペーパーわたらせも発行)は1945年の創刊以来、市民に親しまれ、「日刊きりゅう」も発行を続けている。

 いせさき新聞を印刷していたのは、その「日刊きりゅう」の輪転機だった。先行地域での事業成功と空白に見えた市場。その輪転機の空き時間を使って新市場に挑んだ。新聞業界は長年の地盤沈下に加えてインターネットの影響も手伝い、縮小傾向にあった。体力のある企業は電子化移行へ試行錯誤を続けている。

 「いせさき新聞」の廃刊は、それ以前の紙面充実と営業努力が要因だが、桐生市民のような活字文化を支える下地の希薄さも手伝っている。広告効果はさておき、新聞を応援しようというスポンサー企業も多くなかった。編集に関わった身としては、そんな愚痴をこぼしてみたくなる。「伊勢崎ニュース」(創刊時「WEBプレスいせさき」)は、その廃刊した「いせさき新聞」の編集者とホームページ担当者で運営している。