観音山丘陵の斜面地に建つ住宅団地。その一角、片流れ屋根のシンプルな外観が特徴的なミニギャラリー空華(くうげ 高崎市寺尾町)で、7月1日〜12日まで個展「フラットに」を開いた。銅版画を主体に水彩や色鉛筆で色を加えたコラージュなど、多彩な技法を駆使した最新作30点を展示。「Rose Box」はバラの葉が透き通るように見える箱の銅版画の一部に、天使のコラージュを重ね合わせている。
初期のモチーフは人物が多かった。最近は植物や飼っているネコなど、日常生活に題材が移っている。花や植物を育て、それをじっくり観察することに関心が高いからだ。言葉からも作品イメージを膨らませている。今回の個展でもネコを描いた「頭で判断せずハートで受け取る」、ペンギンを描いた「自らに静寂をもたらす」など、作品タイトルは秀逸で時に哲学的だ。
技法は初期のころのメゾチントから、エッチングやドライポイントなど、その幅を広げてきた。他の銅版画家にはあまりみられない、水彩や色鉛筆画などのコラージュを重ねる作品は、ここ最近のことという。「きれいな色を使いたい」が、銅版画では難しい。そこで刷った後に水彩で色を加え、色鉛筆で大胆に重ねる。その際に「作品として一体感が保てるような処理」に腐心している。
片端から読破していたという偉人たちの自伝は小学生時代から。版画、絵画、彫刻に加え、「エーゲ海に捧ぐ」の芥川賞作家、その映画監督でも話題を集めた池田満寿夫の自伝「私の調書」(1976年)。本を手にしたのは高校1年生の時。まるで未知の世界だった銅版画に一気に魅了され、作品集や技法専門書にまで手を伸ばした。中学は陸上部で高校も同様に入部したが、1年生の夏を過ぎると、早速美術部に転部していた。
高校卒業後、銅版画を本格的に学ぶ専門科目が美術系大学に見当たらず、たどり着いたのが3年間、専門的に履修できる創形美術学校の版画科だった。予備校通いの1年間、合格するも親の反対で一旦は諦めて、その後に再受験。紆余曲折で浪人生活は3年に及び、それでも初志を貫いた。「好きだから」「楽しいから」と、銅版画家を志した動機を何度も口にした。
出産で退職した2年間を除き、美術学校卒業以来、滞ることなく創作を続けている。作品は毎年、県内外の公募展や個展、グループ展に出展。結婚後は主婦業とのオンオフはきちっと切り替え、イメージがわかないときは筆を休めている。職場結婚の夫はグラフィックデザイナーで、互いの理解は得やすいという環境。今後の創作については、自らの座標を求めて「自分のやれることをやるだけ」と、気負わず恬淡としている。(2020年7月29日)。
糸井千恵美さんホームページ