国民の政治不信を招いている自民党の裏金疑惑(イメージ写真)

ようこそ日本へ、ここでは悪いニュースが良いニュースとなる
ニューヨークタイムズ アジア・太平洋欄記事(2024年2月29日付)

【モトコ・リッチ東京支局長、上乃久子記者、キウコ・ノトヤ記者】

 経済は数十年間ほとんど成長せず、現在は不況に陥っている。人口は減少の一途をたどり、昨年の出生数は頭打ちとなった。この国の政治は、スキャンダルにまみれ不人気になっても、ひとつの政党が政権を事実上掌握し、あたかも硬直しているかのようだ。
しかし、心配はいらない。ここは日本、悪いニュースはすべて他人事だ。
見渡してみるとよい。日本と同じような傾向の国で一般に予想されるような、ゴミの山や道路の穴、抗議行動などの社会的不和の兆候がほとんど見られない。この国は驚くほど安定し、団結している。
その平静さは、波風を立てない精神を反映している。「しょうがない」は全国民の口癖のようなものだ。

 人々が無関心になるのも無理はない。失業率は低く、電車は定刻通りに運行し、毎年春には桜が咲く。神社や商店街には観光客が殺到し、株式市場は史上最高値を更新している。多少のインフレがあっても、ラーメンは一杯700円、定食は1200円程度で食べられる。東京でも住宅は一般的に手頃で、誰もが国民健康保険に加入している。犯罪も少ない。2022年に日本全国で発生した銃による殺傷事件はわずか3件だった。たとえレストランで携帯電話を忘れても、戻ってきたら誰にも盗られずそこにある可能性が高い。
 先週、東京西部の調布で妹と映画館から出てきたクラシック音楽の打楽器奏者、辻本千尋さん(26)は、「自分の生活環境にはかなり満足しています」と語った。日本人は、「自分の人生が充実していて順調である限り、あきらめて、むしろ幸せだと感じている」と彼は言った。
「日本は平和なのだと思います」と彼は付け加えた。 「つまり、若い世代はこの国を変える必要があるとは感じていないのです」
 戦争や社会的問題に悩まされる外の世界との比較によっても、その精神は強まっている。
東京西部の世田谷でトイレットペーパーを買いに出かけていた化学メーカー勤務の三輪久さん(65)は、「アメリカやヨーロッパに出張することが多いのですが、移民や犯罪率の高さ、暴動などさまざまな問題を抱える他の国に比べて、日本の社会やシステムはとても安定していると感じます」と語った。
 しかし、日本の平穏な表面の下には、多くの根深い問題が残っている。国連が毎年発表している報告書によれば、激しい労働環境と社会的プレッシャーを抱える日本は、先進国の中で最も不幸な国のひとつであり、高い自殺率が大きな問題となっている。男女不平等は根深く、改革が遅れており、ひとり親世帯の貧困率は富裕国の中で最も高い。農村部は急速に空洞化し、高齢化によって年金や介護の負担はますます増えるだろう。

 来年、日本では5人に1人近くが75歳以上の高齢者となる。この現象により、移民の受け入れと共存に苦労している日本では、労働力不足がますます露呈することになるだろう。すでに、日本で最も重要な施設のいくつかで、サービス格差が生まれつつある。
 「手紙が届くまでに4、5日かかります」と慶応義塾大学政策経営学教授の白井さゆりさんは、日本の郵便事業について言及した。かつては投函後1日で確実に配達されていたのだ。
ケーブルテレビやその他の公共サービスに問題があるとき、彼女は「電話で質問したいこともあるけれど、電話関連のサービスはもうない」と言う。
 「人がいないのがよくわかります」と白井さんは言う。 「もはやサービスの質はそれほど良くありません」
 しかし、このような不便さは、差し迫った社会崩壊の兆候というよりは、むしろ単に煩わしさを感じるだけである。第二次世界大戦後の数十年間、日本が急速に豊かになった後、日本の衰退は緩やかで、ある意味ではほとんど感じられない。
経済規模は、今月ドイツを下回ったものの、現在世界第4位である。景気は上下に振れるが、世界で最も高い国債発行率をほぼ乗り越えてきた。人口は毎年約0.5%ずつ減少しているが、東京は依然として世界で最も人口の多い都市であり、流行のドーナツを買うために1時間待ちの行列ができ、一流レストランの予約は何週間も前にしなければならない。首相はたびたび変わるが、いずれにしても現状維持のための取り替え可能な代表である。
 「私たちに何が近づいているかは誰もがなんとなく知っていると思いますが、そのスピードは非常に遅いため、何らかの方法での大きな変化を提唱するのは非常に困難です」と東京の早稲田大学政治学教授、中林美恵子さんは言う。
 日本には変革が必要だと考えている人々でさえ、先鋭化せず諦めてしまっている。
 「日本人はもう少し賢いと思っていたが、かつて一流と言われた経済も今や二流・三流、政府もおそらく四流・五流ともいえないだろう」と、先週横浜駅近くを歩いていた元ホテル従業員の渕別府さん(76)は言った。
 子供たちや孫たち、そして彼らを待ち受ける未来に申し訳ない気持ちでいっぱいだという。
 「結局のところ、民主主義だ」と彼は言った。 「つまり、政府のレベルは国民のレベルを反映しているのだと思う」

 その政権は、戦後ほとんどずっと自由民主党が主導してきた。
ある新聞社の世論調査によれば、党の不支持率は1947年以来最も高い。笹川平和財団(東京)の渡辺恒雄上席研究員は、「国民が自民党に不満を抱いたとしても、結局は自分たちが生きていける限り、そして日常生活がそれほど悪くない限り、あまり気にしない」と言う。「だから自民党政権は非常に安定しているのです」

 現在の不支持率は、日本のメディアを賑わせたものの、一般の人々には難解すぎて詳細が分からない金融スキャンダルに対する国民の苛立ちを反映している。
昨年秋の終わりごろから、自民党内のいくつかの派閥が、政治資金パーティーのチケット販売代金の全額を記録していなかったという疑惑が浮上し始めた。場合によっては、国会議員がその売り上げの一部からキックバックを受け取っていたようで、検察は3人の議員を政治資金規正法違反で起訴した。
 しかし、政治家の巨額な汚職行為が非難される他国とは異なり、日本のメディアは選挙運動中の贈答品や会食についての比較的地味な証拠を掘り起こしている。一部のニュース報道では、ある議員が政治資金を使って書籍を購入した可能性があり、その中には自身が執筆した書籍数千部も含まれていたという。
 野党が混乱する中、自民党はまたしても数々の政治目標を達成しそうだ。理由のひとつは 有権者の関心が低いからだ。

 「市長が誰なのか知らないし、ニュースもあまりチェックしないんです」と打楽器奏者の辻本さんは言う。「動物園で新しい動物の赤ちゃんが生まれたときとか、そういうときだけネットニュースを見るんです」

 【翻訳】星大吾(ほしだいご):伊勢崎市中央町在住。新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。