福島第一原発/11日に処理水放出を伝えるテレビ映像(日本テレビnews every)を撮影

中国で拡散される情報により福島原発処理水放出への怒りが助長される
地元プロが翻訳 NYTアジア太平洋欄記事(2023年8月30日付)
 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載までの時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
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 中国南岸の広東省では、ある女性が箱詰めされた日本ブランドのエアコンの写真を投稿し、抗議のために返却する予定だと述べた。中国南西部では、日本式居酒屋のオーナーが、アニメのポスターを破り、瓶を叩き割る動画を投稿し、中華ビストロとして営業を再開するつもりだと述べた。

 このようなソーシャルメディアへの投稿の多くには、「放射能汚染水」という言葉が使われている。これは、中国政府と国営メディアが、日本が廃炉とした福島第一原子力発電所の放射能処理水を海に放出したことを指して使っている言葉だ。

 先週、日本が100万トンを超える処理水の第一回目の排水を開始したが、それ以前から中国は排水の安全性に関する誤情報を広める組織的なキャンペーンを展開し、何百万人もの中国人の怒りと不安を煽っていた。

 原子力発電所が大地震と津波で破壊されてから12年、処理水の放出は、中国をアジアのライバル国との外交における騒乱を煽るという古典的なやり方に逆行させた。2012年には、日中両国が自国領と主張する島に日本の活動家が上陸したことで、中国のデモ隊(警察が同行していたと見られる)が寿司レストランを襲撃する事件が起きている。

 しかし今回、中国にはより広い意図があるのかもしれない。世界秩序が大きく変化し、中国とアメリカが世界を「自分の味方かそうでないか」という枠組みで分割する傾向が強まっている中、中国は日本の信頼性に疑念を植え付け、同盟国を不正行為の共謀者として印象付けようとしていると専門家は指摘する。

 カーネギー国際平和財団の核政策プログラム・シニアフェローであるトン・チャオ氏は、「米国、欧州連合(EU)、オーストラリアが日本の放水を支持している中、中国は、日本とその国際的パートナーが『地政学的な利害に振り回され、支配された結果、基本的な倫理基準や国際規範を曲げ、科学を無視している』というシナリオを作りたいのだ」と語る。

 チャオ氏はさらに「私が懸念しているのは、このような認識と情報の乖離が広がることで、中国が既存の国際的な政治や制度、秩序に明確に異議を唱えることが正当化されるのではないかということだ」と続けた。

 国際原子力機関(IAEA)のタスクフォースに招聘された中国の専門家を含む科学者たちは、日本の放水が人体や環境に与える影響は極めて小さいと述べている。

 しかし、日本の処理水放出計画をめぐって、中国政府とその関連メディアは数カ月にわたって非難を続け、先週、中国外務省は日本の「放射能汚染水」放出を非難し、日本の水産物の輸入を停止した。

 福島原発から240km以上離れた東京都の役所には、中国の国際番号から何千もの電話がかかってきており、「バカヤロー!」「なんで汚染水を流すんだ!」などカタコトの日本語で嫌がらせのメッセージを浴びせられている。

 政府や企業の誤情報対策を支援するテクノロジー系企業のLogically社によると、中国の国営メディアや政府関係者、親中派のインフルエンサーによる福島原発に関するソーシャルメディアへの投稿は、今年に入ってから15倍に増えたという。

 これらの投稿は、必ずしも明白な虚偽の情報を流布しているわけではないが、日本が放射性物質をほぼすべて除去してから排水を行っているという事実など重要な情報が抜け落ちている。また、中国の原子力発電所が、福島原発の排水よりもはるかに高レベルの放射性物質を含む排水を放流していることには触れていない。

 国営の中国中央テレビ局と中国グローバルテレビ局は、フェイスブックやインスタグラムで、英語、ドイツ語、クメール語など複数の国や言語で、放水を非難する有料広告を掲載している。

 このような世界的な働きかけは、中国が新たな冷戦ともいえる状況で、より多くの国々を味方に引き入れようとしていることを示唆している。Logically社の中国専門家であるハムシニ・ハリハラン氏は、「重要なのは、日本からの海産物が安全かどうかではない」と語る。「これは、現在の世界秩序に欠陥があると主張する中国の活動の一環である」

 中国の情報源では、日本政府と福島原発を運営する東京電力が、強力なろ過システムでどれだけの水が処理されたかを報告しなかった初期の失敗が指摘されている。

 電力会社のウェブサイトによると、敷地内の貯蔵タンクにある約130万トンの水のうち、30%のみが完全に処理され、トリチウム(水素の同位体であり、専門家は人体へのリスクは低いとしている)だけが残留という。東電は、完全に処理されるまではいかなる水も放出しないと発表している。

 日本の複数の政府機関と東電が行った検査では、先週から放出された水に含まれるトリチウムの量はごく微量で、世界保健機関(WHO)が定めた基準値をはるかに下回っていた。中国や韓国の原子力発電所から放出されている水には、より多くのトリチウムが含まれている。

 国際原子力機関(IAEA)や多くの国の専門家を含む監視ネットワークにより、「日本政府に対する国際的な圧力は非常に高い」と、福島原発事故の環境的・社会的影響を研究しているカリフォルニア大学バークレー校のカイ・ベッター教授(原子力工学)は言う。

 岸田文雄首相の官房長官である松野博一氏は月曜日、日本は「中国から発表された事実と異なる内容を含む情報に対して、何度も反論してきた」と述べた。

 日本の外務省では、ソーシャルメディア・プラットフォーム「X」(旧ツイッター)上で「#LetTheScienceTalk」というハッシュタグを使用している。日本にとっての課題のひとつは、一般市民にとって科学が理解しづらく、このような出来事に対して人々がしばしば感情的に反応することである。

 「よく知らないものに対して、人々が心配したり恐れたりするのは理解できる」 東京の青山学院大学教授で、原子核物理学の社会学と歴史を研究している岸田一隆氏は言う。「自分の目で見たわけでも、確認したわけでもないのに、専門家の説明を信じるしかないのだから」

 科学的な理解の欠如は、特に厳しく管理されている中国の情報チャンネルにおいては、誤情報につながりやすい。Logically社のリサーチ責任者カイル・ウォルター氏は、「何十年にもわたって住民が食の安全に対する不安に直面してきた中国では、当局はその脆弱性を利用して大衆を操り、恐怖心を煽ることができる」と語った。

 それでも、日本は常に自助努力を怠ってきたという批判もある。それらの意見では、東電が計画された排水の30年間で放射性物質の大部分を除去するという誓約を守れるかどうか疑問視されている。また、日本が排水を放出する決定を発表する前に、周辺国と協議すべきだったと言う。

 「中国がリスクを誇張しているのは、日本がその機会を与えたからである」と、震災以来福島の放射線レベルを追跡している環境モニタリング団体『セーフキャスト』の主任研究員、アズビー・ブラウン氏は言う。早くから「国際的な協議が欠けていた」ため、「中国と韓国が正当な疑問を呈することを予期できたはずだ」と彼は言う。

 中国では、政府のプロパガンダに対する反発も散見される。科学ブロガーのリウ・スー氏は、日本の植民地時代の虐待に関連する「ナショナリストのシナリオ」について書き、その中で日本は「永遠に真の許しを否定され、日本に対する批判はすべて合理的で公正なものとみなされる」とした。彼は、あるユーザーから "不適切な言論 "として上海当局に通報された後、ソーシャルメディアからこの投稿を削除した。

 韓国政府関係者は、ソーシャルメディア上で出回っている荒唐無稽な主張のいくつかを否定しようとしている。

 先週、福島原発の近くで変色した水が写っている写真が韓国で広く拡散されたが、政府高官のパク・クヨン氏はこれをフェイクニュースだとし、その写真は放電が始まる8分前に撮影されたものだと指摘した。
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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。新潟大学農学部卒業、白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国語児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowersにおける空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。