夕暮れ時の広島・原爆ドーム

広島を生き抜いた木々/ウィル・マツダ(ゲストエッセイ 米国在住日系人写真家・作家)
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説11(2023年5月5日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載までの時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
 今回は原爆を生き抜いた木「被曝樹木」について、アメリカに住む日系人写真家からの投稿です。日本では議長国として、5月19日〜21日までG7広島サミットが開かれます。
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 祖母から原爆の話を聞いたことがない。私が尋ねると、祖母は家族に何が起こったか自分にはわからないと答えるが、つまりそのことについて考えたくないのだろう。

 米国が広島に核兵器を投下した1945年8月6日の朝、祖母は20歳でホノルルに住んでいた。原爆は、祖母の祖母、叔母、叔父、いとこなど、祖母の家族が住んでいた地域の真上で爆発した。街は破壊され、10万人以上が死亡した。祖母は、叔父がただ一人生き残ったことを聞かされた。

 科学者の推計では、爆発時の地温は3,000〜4,000度で、人体を黒塵に変えてしまうほどの高温だった。その日のことを考えようとすると、一つの家族でテーブルを囲んで朝食をとっていたのに、そのまま風の中に消えてしまう、そんなイメージが思いうかぶ。

 私は広島に行ったことはないが、長い間、家族の歴史の一部と物理的につながりたいという強い思いがあった。遺品、手紙、装飾品など、残されたものはないかと探し続けていた。

 意外なことに、広島とのつながりを最も感じさせてくれたのは、モノではなく、生きているもの、つまり木であった。

 正確には、イチョウの木だ。

 イチョウは中国原産の樹種で、秋には鮮やかな黄金色に染まる扇状の葉をつける、地球上で最も古く、最も回復力のある木の1つである。この木は、恐竜を絶滅に追いやった隕石からも生き延び、原爆からも生き延びた唯一の生物である。その理由は、根が土の中に深く伸びていたため、焦熱から守られていたのである。

 日本語では、原爆の生存者を被爆者と呼ぶ。この生きのびた木も「被曝樹木」と呼ばれている。

 被爆樹木の一部は現在も生きており、被爆者と同様に、その子孫は世界中にいる。

 広島出身の被爆者であるヒデコ・タムラ・スナイダーさんは、10歳のときに原爆で母親や友人、多くの親族を失った。2003年にオレゴン州に移り住んだ彼女は、2017年に被爆者のケアを行う団体「グリーンレガシー広島」と提携し、生き残ったイチョウの種を米国に持ち込んだ。スナイダーさんは、合計51個の種を植え、「ヒロシマ・ピース・ツリー」と名付けた。

 2019年、NBCのクラマスフォールズ局のインタビューで、スナイダーさんはこう振り返った。
「私は母を育てることができない。いとこを育てることはできない。でも、木なら、できるんです。」

 ここ数ヶ月、私はオレゴン州各地のピースツリーを訪ねている。水をあげたり、写真を撮ったりもした。そして、その葉に触れてみた。それらの木々がここにいることに感謝し、私もここにいることを伝えた。

 原爆の爆発は強烈な閃光を伴い、広島のコンクリートの表面は写真のネガのようになった。銀行前の階段に人型の影が残されている例もある。人物の輪郭以外が爆風で乳白色に漂白されたのだ。

 私はこの木々を撮影しながら、光、影、写真と原爆の関係について考え、自分の影をフレームに入れてみたこともあった。

 休んでいる身体、踊っている身体、観葉植物に水をやっている身体、神経質な身体、痛む身体、他の身体を抱きしめている身体、教室にいる身体、市場で野菜や油やトイレットペーパーや靴を買う身体、帰宅途中の身体で混雑する通り、誰がいつも何かを揚げているか、誰が家に帰ってこないか、誰が夜通しライトをつけたまま寝ているか、お互いによく知るほど近くに住む隣人の身体、すべての影は身体の物語を伝えている。

 身体でいっぱいの街。

 97歳になる祖母は、この秋に広島に帰る予定だったが、どうやらそれは難しそうだ。一緒に行きたかったが、祖母が行けないのであれば、私一人で行くつもりだ。

 かつて私たち家族が住んでいた場所を訪れ、私がよく知っている苗木のお母さんやおばあちゃんである被曝樹木を訪ねる。その葉に触れ、私たちは生き延びたのだと伝えよう。
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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。新潟大学農学部卒業、白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国語児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowersにおける空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。