スマホを見つめる男性(写真はイメージ)

ほとんど対処されない 日本人のひきこもりが抱える絶望
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説6 (2022年11月5日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。地元の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました
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長引く日本のロストジェネレーションの悲劇(ゲストエッセイ ローランド・ケルツ/日系アメリカ人ライター)

 数年前、東京で開催された社会的に孤立した日本人のための支援団体で、私はヒロシ・Sに会った。

 ひっきりなしに煙草を吸うダウンベストを着た43歳の彼は、100万人以上いると推定されている「ひきこもり」と呼ばれる日本人の一人であった。彼らは一般に男性で、30歳から50歳まで、無職か非正規雇用、1990年代から続く日本経済の長期低迷により、職につけなくなり、社会から孤立している。

 ヒロシ(本人希望によりフルネームは伏せる)は、約20年前に日本の就職市場から転落し、彼に冷たい年老いた両親の家で生活し、ポップカルチャー商品の購入でクレジットカードの負債を増やしていた。自殺を考えたこともある。

 「日本は変わってしまった」と、彼は自分の世代にチャンスや希望が失われていくことを口にした。彼は一度も私の目を見ることはなかった。

 それが2017年のことだ。それ以来、日本はひきこもりの抱える絶望や、より大きな彼らが属する世代、すなわち経済的に疎外されたロストジェネレーション(就職氷河期世代)の問題にほとんど対処していない。

 精神衛生と雇用の問題は何年も続いており、新型コロナウィルス感染拡大によるさらなる悪化が懸念されている。しかし、政治家や社会はストイックな順応と安定した雇用を重視し、この問題に立ち向かおうとすることも方策を生み出すことも根本的にできていないように見える。

 日本のロストジェネレーションは1700万人とも言われ、今なお完全に脱し切れてはいない数十年にわたる経済停滞の中で成人した男女である。

 7月に安倍晋三元首相が暗殺されたことで、彼らの苦境は再び世間の注目を浴びるようになった。当時41歳だった山上徹也は、暗殺の前日、あるブロガーに手紙を送り、安倍氏の自民党と長い間つながりのある統一教会が「私の家族を壊し、破産に追いやった」と非難していた。彼の母親は同教会の信者で、多額の献金をしていた。

 山上がロストジェネレーションであることが殺害の要因であったことを示す具体的証拠はまだ出てきていない。しかし、日本のメディアや学者の中には、山上の経歴、つまり社会や労働に適合するのに苦労していたことが、彼が受難の世代の一員であることを示しており、自民党と統一教会(1954年に文鮮明が韓国で設立した保守系宗教団体)の関係というセンセーショナルな政治問題に焦点があてられたことにより、彼の怒りの深い根の部分が無視されていると指摘する者もいる。

 その根底には、戦後の日本の社会経済モデル(サラリーマンを中心とした、終身雇用で核家族を支える社会経済モデル)が保証されなくなっていることにある。このモデルは、1990年代初めのバブル崩壊(金融緩和と株式・不動産価格の高騰)以降、基盤を失い、現在も続く経済低迷が始まった。

 戦後日本で与党となった自民党の対応は、企業の利益維持に焦点を当てた政策で事態を悪化させたと非難される。その結果、正社員は削減され、待遇の低い短期雇用が増加した。雇用氷河期と呼ばれる労働市場が麻痺した時期が続いた。中産階級の所得が低下し、結婚や出生率が低下し、単身世帯の割合が増加した。

 孤立した日本人は行き場を失いがちである。最近になって改善されたとはいえ、日本のメンタルヘルスサービスは依然として不十分であり、費用も高くつくことが多い。日本では、「我満」のような文化があり、助けを求めることは恥ずべきこととされているため、心理カウンセリングへの抵抗が強い。国内メディアは、ロストジェネレーションを被害者としてではなく、自己中心的な恩知らずとして扱うのが普通である。

 このレッテル貼りに対する憤りは、私が参加した歌舞伎町の地下のラウンジで開かれた支援グループでも明らかだった(私はジャーナリストとして、関係者の支持を得て何度か会合に参加した)。約40人の参加者は、カジュアルだがきちんとした服装で、誰一人としておかしな様子はなかった。彼らは穏やかで明晰で、不安や失業、孤独、そして特に、自分たちの問題に対してしばしば「もっとがんばれ!」という旧世代に対する怒りについて、驚くほど率直に語っていた。親と同居していても、ほとんど話をしない者もいる。

 2019年、51歳の無職のひきこもりが刺殺事件を起こし、2人を殺害、17人(そのほとんどが女子学生)を負傷させ、経済的・社会的に疎外された人々の暴力に対する世間の不安をあおった。その1週間後、政府は雇用氷河期で取り残された人々のために最大30万人の雇用を創出する計画を立案した。しかし、この計画はほとんど実現しなかった。安倍首相のトリクルダウン経済政策は、求職者への圧力をさらに悪化させたと非難されている。

 日本の多くの人にとって、山上は、無関心な親から疎外されたロストジェネレーションの典型例であり、一部には同情する者もいる。

 だが、政策的な救済はなお見えていない。安倍氏の後継者である岸田文雄首相は昨年就任し、富の再分配、賃上げ、パートや短期労働者への給付を含む「新しい資本主義」の計画を掲げた。

 しかし、岸田氏の政権は、自民党と統一教会のつながりをめぐって守勢に立たされている。統一教会は、信者から積極的に献金を募っているとして非難されているのだ。岸田氏は、安倍首相を弔うために税金を使った国葬を行うという批判の多い決定をし、インフレと円安で内閣支持率が下がり、政策実行能力が弱まっている。岸田氏はもはや新しい資本主義に言及することはなく、代わりに経済成長を優先した安倍首相の政策に同調している。

 このように、ロストジェネレーションを再生させる方策について、公的な議論がなされていない。解決には真の変革が必要とされる。それはこの何百万人もの長く苦しんでいる人々にではなく、彼らが暮らす閉ざされた社会に、である。

 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。

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