【写真】ニューヨークタイムズ電子版社説(22年4月6日付)ページ

地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説 1
ウクライナにおける戦争犯罪の記録(2022年4月6日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方などを今後、不定期に翻訳、掲載します(NT掲載から本サイト転載まで多少の時間経過あり)。電子版からの翻訳で、地元翻訳家の星大吾さんの協力を得ました。
 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現 白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowersにおける空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
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 破壊された戦車、焦げついた壁、裂けた木、そして泥にまみれ転がる死体…ブチャを始めとするウクライナの都市におけるこれらの凄惨な画像は、ウラジーミル・プーチンが始めた戦争の残虐性をなによりも物語っている。ロシア軍の撤退に伴い、このような惨状がさらに明らかになると考えられ、戦争犯罪の追求を求める声が高くなっている。
 バイデン大統領は戦争犯罪裁判を求め、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、戦争犯罪であることが「明らかである」と宣言した。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、強姦や略式処刑の事例を文書化して報告した。ウクライナおよび国際的調査団はすでに証拠の収集と目撃者への聞き取り調査を始めている。これらの調査は迅速かつ慎重に行うことが求められる。
 無数の市民が、ロシアの砲弾が自分の住居に当たらないことを祈り、家の中で身を伏せている。このようなときに、証拠の解析や、目撃者への聴取は、法律主義に過ぎるように映るかもしれない。あたかも戦争にルールがあり、敵への死と破壊に正しい方法があるかのような考え方は理解しがたいし、指揮官への起訴は勝者の正義とみなされる危険性をはらむ。
 少なくとも75年前から、国際社会はいわれのない侵略戦争をそれ自体が犯罪であると定めるため、現実的な(それゆえに不完全な)取り組みを行ってきた。ニュルンベルク裁判の言葉を借りれば、「したがって、侵略戦争の開始、単なる国際犯罪であるだけでなく、他の戦争犯罪とは異なり、それ自体が巨大な悪の集合であるという点で最悪の国際犯罪」である。

 ウクライナにおいては、ロシアが侵略者であることに疑問の余地はない。5週間にわたってロシア軍に占領されていたウクライナの町ブチャも、マリウポリ、ハリコフ、チェルニヒフ、キエフ、その他多くの都市。プーチン大統領が帝国主義と隣国侵略の野心を満たすためにいわれのない戦争を命じなければ、平和な春の到来を迎えていたことだろう。ウクライナの抵抗は紛れもなく自衛であり、世界各国はプーチン大統領と彼の国に制裁を加える権利がある。ウクライナ軍の武装化を支援し、侵略を困難にすることで、プーチン大統領やその側近が正気に戻るようにする。これは正しいことである。
 しかし、戦闘の霧の中でも容認することのできない犯罪の存在を世界はすでに知っている。客観的な証拠の収集と記録は、この泥沼を切り抜け、いずれ加害者の責任を追及する可能性を残す実効的な方法である。村や病院への攻撃命令を違法とする裁判官が現れ、その法的判断が次の戦争の抑止力となる可能性は、わずかながらでもある。戦争犯罪の捜査は、被害者の尊厳と侵略者の違法性に光を当てるための強力な政治的手段である。
 第二次世界大戦後、さまざまな国際刑事法が定められた。最も有名なのは、ジュネーブ条約(1949年)である。これは民間人への意図的な虐殺、拷問、無差別な破壊行為、性的暴力、略奪、子どもの徴用などの戦争犯罪について、戦闘員の個人的責任を追及することを目的とする。また、ジェノサイド条約や人道に対する罪を禁止する法律も制定されている。

 ロシア軍の行動は、これらの法に違反している可能性が高く、国際刑事裁判所などいくつかの裁判所ですでに捜査が始まっている。都市への無差別砲撃、ブチャの集団墓地で明らかになった大量殺人、マリウポルの劇場への爆撃など、戦争犯罪とみなされかねない行為が数多くある。この侵略行為のすべてが戦争犯罪となる可能性があり、その責はプーチン大統領にも及ぶと思われる。これらの犯罪が、国家政策に基づく民間人に対する広範または組織的な攻撃の一部であると判断されれば、人道に対する罪にも該当する可能性がある。
 ちなみにロシアは、ブチャでの残虐行為はすべて捏造されたものと主張している。また、ウクライナ軍がロシア人や協力者に対して行った残虐行為の証拠を調査官が発見することも十分にあり得る。それならばなおさら、徹底的な調査が必要とされる。
 証拠の収集、起訴の確保、公正な裁判の実施など、正義の実現は困難を伴い、時間と費用がかかる。そのため、戦争犯罪で処罰に至った事例はほとんどない。国際司法裁判所は、大量虐殺、人道に対する罪、戦争犯罪について単独で起訴することができるが、プーチン大統領とその側近に対し最も追求すべき侵略の罪については、国連安全保障理事会が起訴しなければならず、そこにはロシアの拒否権が確実に存在することになる。また、ロシアは国際刑事警察機構を承認しておらず、容疑者を引き渡さないだろう。
ウクライナも国際司法裁判所設立の条約に加盟していないが、ウクライナ国内で起きた犯罪に対する裁判権は認めている。米国は国際刑事裁判所を敵視してきた経緯があり、バイデン大統領はプーチン大統領の戦争犯罪を非難する際も、どのような機関により訴追されるかを明確にしなかった。

 しかし、これらのハードルは、正義の追求を妨げるものではない。たとえ過程が困難で数カ月、数年にわたるとしても、ウクライナにおける具体的な犯罪について、法医学的な、信頼性、検証性があり、司法手続きを経た記録を歴史に残すことが重要である。責任者を明らかにし、その行動を特定するべきであり、可能な限り、罪に対し罰が与えられなければならない。ロシアが残虐行為はすべて捏造だと主張しているという事実そのものが、詳細かつ議論の余地のない司法的対応を要求しているのである。
 バイデン政権とその同盟国は、正確な情報によってクレムリンのプロパガンダに穴を開けるという大きな成果を出した。戦争犯罪についての信頼性のある記録は、今後も同様の目的を果たすだろう。
 バイデン政権は、たとえ法律で資金援助を禁じられていたとしても、証拠収集において国際刑事裁判所と協力すべきである。他の選択肢もある。特別法廷を国連の承認なしに設置することもできるし、米国などいくつかの国が普遍的管轄権を主張し、独自の裁判を行うことも可能だ。しかし、あまりに多くの調査が行われると、法的プロセスの社会的影響が薄れることが懸念される。また、国際刑事裁判所と同等の権威・権限を持つ法廷が他に存在しない。

 いずれにせよ、プーチン大統領やウクライナでの戦争犯罪の責任者に対して正義を求めることを、長期的な目標として考えなければならない。ロシアは撤退しているのではない。東部への攻撃に備え、軍備を整えているのだ。和平交渉へのロシアの参加は、戦略的なものと考えられる。ブチャの惨状によって、ウクライナへのより強力な兵器の提供と、ロシアへのさらなる制裁が求められている。欧米のウクライナ支援の焦点が、これらにあることに間違いはない。
 しかし、ブチャなど多くの場所で示されている犯罪的残虐行為の恐るべき証拠を、現存するうちに迅速に収集し、目撃者の記憶がまだ新しいうちに聴取することも必要である。後世の人々は、何が本当に起こったのかを知らなければならない。それは正義のためにしておかなければならないことである。(2022年5月23日)
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