【写真】南面から見た五色温泉。老朽化し一部は蔦や樹木に覆われる

再開模索し休業18年「五色温泉・三楽旅館」が廃業・建物解体へ
街中一軒宿 希少な鉱泉で群馬の温泉史に足跡(2026年8月31日)

伊勢崎市郊外の日乃出町、幹線道路沿いに建つ天然療養・ビジネス旅館「五色温泉・三楽旅館」が廃業する。再開を模索しながら休業18年を迎えていたが、若女将として33年間旅館を切り盛りしてきた高橋美律子さん(69)が、このほど「幕引き」を決意し、解体工事に着手した。街中の源泉一軒宿、鉄分含有量全国一の鉱泉は、県内外の温泉ファンには知られた存在だった。跡地は賃貸住宅への転用を計画。道路際の源泉湧出杭と脇のお宮の一角は、当面そのまま残す。国土地理院地図にも、しばらく温泉♨が残ることになる。

【写真】開業当初は木造2階建ての旅館


温泉を掘り当てたのは、伊勢崎中央町で自動車修理販売を営んでいた父の高橋宏さん(2021年死去、享年90)。事業拡大のため、県道2号前橋館林線沿いに1000坪を購入し、井戸水確保に何カ所も掘削した。このうち道路際の1カ所に、鉄分を多量に含んだ「単純鉄冷鉱泉」が湧出。1971年のことだった。これを機に旅館業に転じ、母あぐりさん(2014年死去、享年85)、短大卒業後に手伝いを始めた長女の美律子さんら家族で経営を支えてきた。

鉄分保有全国一の赤茶色の冷泉 効能は15種

加熱や日光にあたるとレンガ色のような赤茶色に変わる濁り湯から「五色温泉」と命名。1リットル中の鉄分含有量は29・3ミリグラムと全国1を誇った。その中の鉄分イオンなどの働きで、泉温16・5度の源泉浴槽、2つに仕切られた加熱浴槽の3つを入り分けると浴用効果が高まった。貧血や神経痛など15種の浴用効果が認められ、国内でも初めて認定を受けた鉱泉の「飲泉」も話題を呼んだ。

工業団地入口の立地 ビジネス需要も取り込む

開業当初は木造2階建てだったが、あかぎ国体が開催された1983年に現在の鉄骨3階建(和室11室、大広間、会議室)に建て替えた。縦格子で囲われた外階段の4階櫓(やぐら)に「五色温泉」と大書された看板は威容を誇り、人目を引く存在となった。山崎製パンをはじめ複数の工場が集積する団地の入り口という立地からビジネス需要を取り込み、街中という珍しさと希少な鉱泉が相まって評判を呼んだ。日帰り温泉が一般的ではなかった時代だった。

【写真】県道に接する五色温泉。正面の樹木に覆われた中に源泉湧出坑がある


客足が衰えつつあった2007年末、母の体調悪化で家族経営が困難となり、翌年には休業を余儀なくされた。美律子さんは介護施設に勤めながら、旅館の介護施設転用などを模索。セミナーへの参加や専門家とも相談を重ねた。Facebookで内覧会の企画を投稿した。不動産関係者やコンサルタントなどの温泉再生計画は、いずれも現実性に乏しかった。父が亡くなった2021年以降は、年々劣化していく建物を前に「このままでは・」の思いを強めていった。

湧出杭とお宮はそのまま 県道拡幅時まで

建物改修や解体、未利用で目詰まりした源泉井戸の再採掘などの課題は残ったまま。加えて近年は施錠中の館内への不法侵入や動物の死骸発見、敷地東側のポンプ小屋への車両突入と銅線窃盗などトラブルが噴出。「これらが幕引きへの踏ん切りになった」と美律子さんは振り返る。お宮は将来的には西側に隣接する自宅敷地に移設し、同時に廃坑を届け出る予定。計画されている県道拡幅がそのタイミングとみている。
【写真】源泉湧出地とお宮の脇に立つ高橋美律子さん

井戸水を得ようと何本掘っても濁り水しか出ない中から、執念で温泉を掘り当てた父宏さん。家族も翻弄された「一度決めたら絶対に曲げない」(美律子さん)というその信念が、まったく畑違いの温泉事業へと家族を駆り立てた。希少な鉱泉と「街中一軒宿」という立地で、群馬の温泉史に確かな足跡を残した「五色温泉」。自宅敷地へのお宮移転の際、美律子さんはその脇に父の功績を称える碑の建立を決めている。(廣瀬昭夫)